子供の頃はここ「入口」辺りは家からかなりの遠方という感覚を持っていて、
この辺りで遊んだ記憶は少ない。「山口」や「辻口東」辺りには遊び仲間がいたせいか近くに感じるのに、山口や辻口東よりも家から近いくらいなのに、「入口」地区はなぜか凄く遠いところと感じてたのは遊び仲間がいなく遊びに行くことが少なかったからなんだろう。それでも俺から幾つか年上、幾つか歳下の面々の男の名前はみんな自然といつの間にか覚えちゃっていたもんである。
俺はこの隣組名の"入口"という言い方は子供の頃はしなかったし、しなかったというよりも"入口"という名を知らなかったし、子供の頃からこの辺りを指す言い方は「ハクラク」とか「ハクラクの方」とか言うのを普段的に使って来ていました。今でも普段普通に「ハクラク」とか「ハクラクの方」と言い方をしている。このハクラクの
漢字表記は"伯楽"だろうなとある年頃(二十歳頃)からそう思い、会話言葉の時は「伯楽」という漢字を浮かべながら「ハクラク」と言って来たが、今も変わらずそう思いながら「ハクラク」と言っているのである。
又そのほかの言い方として普段普通に「○○さん家のほうとか○○ちゃん家のほう」とかの言い方をしていたのである。
この地に「ハクラク」と云う芝居小屋があり昭和20年代前半まで上演されたりしていたとは聞いているが、俺は芝居小屋の記憶全くなく、当然芝居も観たことはない。現在の集会所のところにあったと聞いている。そういうものがあったとは記憶にないものの、ハクラクと言う言葉に何か意味ありげだよなとか何かの想いを子供心に抱いたりもしていたような感じをしていた子供の頃であった。
俺は太田市街の西方面へ自動車で向かう時は殆ど入口地区を通って比丘尼坂(びくにざか)から行ってるが、子供の頃あんなにも遠く感じていたのが嘘みたいで、家から一瞬にして辿り着いてしまうほど近かったのである。
◆中山地区◆
◆山口地区◆◆団地地区◆
◆辻口西地区◆
◆辻口東地区◆◆堀之内地区◆
◆今泉口地区◆◆社宅地区◆◆大門西地区◆◆大門東地区◆◆大門表地区◆